静岡への旅行は久しぶりでしたが、初めて旅行に行ったときと比べると、旅のハードルはずいぶん低くなりました。
最初は酸素のケアがあるため「旅行なんて無理では…」と思っていましたが、実際に一度行ってみると、意外とどうにかなるものです。
特にカングーの存在は大きくて、最悪の場合でも酸素の持ち運びはどうにかできます。
- 自宅の酸素吸入器を車に積んでいく
これだけで、事前申請なしでも急な旅行が可能になります。
実際、熊野に泊まりに行ったときは酸素吸入器をそのまま持参しました。
医療ケア児としての「日常」
タイトルにも書いた通り、ぼーはいわゆる医療ケア児です。
普通の子どもと大きく違うのは、まず酸素吸入が必要なこと。
さらに、口唇口蓋裂の影響(だと思っています)で、まだ言葉を話すことができません。
ただ、本人は発語しているつもりなのか、言葉っぽい音は出します。
そして親にはちゃんと伝わる。
- 牛乳 → 「うーうぅー」
- いただきます → 「まー」
そんな感じで、イントネーションで分かるんです。
そして今日、自分が帰宅したとき、初めて「たーまー」と言ってくれました。
その瞬間の嬉しさは、言葉にしづらいほどでした。
薬も毎日欠かせません。
でもこれは、例えるなら毎日の筋トレみたいなもの。
やっていない人から見れば「大変そう」でも、習慣になってしまえば苦ではない。
大変かどうかより、幸せかどうか
医療ケア児との生活は確かに大変です。
でも、それ以上に幸せです。
ぼーはまだ話せなくても意思疎通ができる。
それが本当に大きい。
「大変かどうか」は、起きる出来事や自分のキャパシティで変わると思います。
でも「幸せかどうか」は、気の持ちように近い。
もちろん、無理やり幸せだと思い込んでいるわけではありません。
ゆっくり、ゆっくり成長していく姿は、毎日の元気になります。
当たり前の幸せを思い出させてくれる存在です。
親なので、医療ケア児であっても普通に怒りますし、普通に笑います。
ぼーもえらいもので、酸素チューブ(カニューレ)の位置を自分で直したりします。
逆に部屋を動き回るときはチューブが引っかかるので、外してしまうこともありますが…。
ともかく、今の生活は幸せです。
むしろ、ぼーがいなかったら、もっとピリピリしていたかもしれません。
上を見ればキリがないし、完璧を求めてもキリがない。
「足るを知る」
それを教えてくれたのが、ぼーなのかもしれません。
医療ケア児を見かけたときに思ってほしいこと
医療ケア児を見かけたとき、「大変だね」とか「見ちゃいけない」という空気ではなく、
“ちょっと個性のある小さな子”くらいに思ってもらえたら嬉しいです。
酸素チューブをつけて街を歩いていると、ちらちら見られる視線は確かに感じます。
不快ではないけれど、「そんなに特別なものでもないのに」と思うことはあります。
最後に
将来、ぼーが反抗期になったとき、今日のブログを読み返してくれたらいいなと思います。
もちろん大変なこともあります。
そのあたりは、また追々書いていきます。

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