産まれてから約1か月。
ようやく、無事に退院の日を迎えることができました。
産まれる前は「1か月も生きられない可能性がある」と言われていたため、家に帰る未来を想像することすらできませんでした。
本当に長く、濃く、祈るような1か月でした。
初めての「姉とのご対面」
退院して家に帰るということは、実は 初めて姉と対面する日 でもありました。
付き添い入院中、姉には本当にたくさんの負担をかけてしまったと思います。
それでも、初対面の瞬間に出た言葉はただ一つ。
「かわいい〜」
弟にメロメロで、今でも小さなお母さんのように可愛がってくれています。
いい姉です。
初めての付き添い入院中の生活は、今思い返しても過酷だった
付き添い入院中の生活は、今振り返ってもなかなかのハードスケジュールでした。
- 6:00 起床
- 7:05 出発
- 7:15 保育園に預ける(最速)
- 7:25 出社
午前11時ごろに会社を抜けて病院へ。
一度家に戻って必要なものを持ち、再び病院へ。昼食も病院で済ませる。
14時ごろ会社に戻り、18時に退社して保育園へお迎え。
こんな毎日を繰り返していました。
職場と病院が近かったこと、そして職場が中抜けを許してくれる環境だったことには本当に感謝しています。
その分、定時より早く出社し、中抜けの分の仕事が滞らないように調整していました。
退院後の生活:リビングでの注入が中心に
退院後の生活で一番大きく変わったのは、リビングで寝ていたこと です。
キッチンが近いこともありますが、ミルクをひっかける場所がリビングにあったため、そこで注入をしていました。
チューブでミルクを入れるので、子どもが寝ていても関係なくあげられるのは正直楽でした。
ただ、妻は少し寂しそうに、
「かわいい哺乳瓶あるのになぁ…」
と言っていました。
口唇口蓋裂と専用の哺乳瓶
口唇口蓋裂には、実は 専用の哺乳瓶の先 があります。
言われてみれば当然なのですが、上あごがないため陰圧が作れず、吸うことができません。
そのため、普通の哺乳瓶は使えず、専用の先端が必要になります。
退院が急に決まったため、急いで用意する必要がありました。
近くでは売っていないため、急いで大学病院の売店まで買いに行くことに。
ちなみにその大学病院、飲食店・カフェ・ファミマまで入っていて、かなり充実していてうらやましかったです。
穏やかな年末、そして「当たり前」の尊さ
退院=症状が落ち着いているということ。
まだ乳児で動き回ることもなく、比較的穏やかな年末を迎えることができました。
退院は12月。家族そろって年を越せることが、ただただうれしかった。
当たり前が当たり前じゃない。
そのことを強く実感した年末でした。

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